横浜地方裁判所 昭和48年(レ)37号 判決 1975年10月29日
控訴人
大沢加寿子
右訴訟代理人
小原一雄
外二名
被控訴人
岩沢カク
右訴訟代理人
矢尾板洋三郎
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対して、別紙物件目録記載(二)の建物を明渡し、昭和四一年九月一日以降右明渡し済みに至るまで一カ月金二万三〇〇〇円の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、第一審、差戻前の第二審、上告審および差戻後の第二審を通じ、控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴人が藤沢市藤沢字大道東三七五番地の一二、宅地77.68平方メートル(23.50坪)およびその地上の木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅一棟44.99平方メートル(13.61坪)の建物を所有していたことは当事者間に争いがない。
二<証拠>を総合すると次の事実が認められる。
1 昭和三七年夏頃飲食店(バー)を開業する目的を有していた控訴人は訴外沢内藤勝(沢内という)に対し適当な場所を捜してくれるよう依頼したところ、沢内の知り合いの訴外大島重治郎(大島という)が被控訴人を知つていたことから被控訴人に対し大島が話をもちかけたところ、たまたま被控訴人もその頃夫岩沢博生が病気がちで生活も決して楽な状態ではなかつたので被控訴人所有の前記建物の一部を賃貸することにし、同年九月二一日控訴人との間で前記建物のうち北東部分押入付六畳間の半分(表通りに面した部分)6.61平方メートル(2.00坪)について―第一回賃貸部分―権利金二〇万円、賃料一カ月金一万円、期間三年の約定で賃貸借契約が締結された。右契約に際して被控訴人は控訴人がバーとして使用できるように第一回賃貸部分を増改造する事につき承諾を与えた。
2 そこで、控訴人は前記建物の前面空地(被控訴人所有)4.85平方メートル(1.47坪)を利用して、第一回賃貸部分とあわせ11.45平方メートル(3.47坪)の広さの店舗に改造工事をした。右工事は費用約一五万円をかけて従前の間柱、棟木、母屋、桁、屋根、東側外壁はそのまま利用し、その余の部分は取り毀し、被控訴人居住部分とは完全に遮断されるようにベニヤ板の仕切りを設けたうえ防音構造のための措置を施し、新らたに便所を作り水道を設置し、カウンターを設備する等の増改築工事であつた。
3 控訴人は右部分において「白馬」の名称のもとにバー営業を開始したが、更に同三八年一〇月一五日第一回賃貸部分に接続する被控訴人所有建物のうち西側部分の玄関、三畳間の一部、四畳間の一部、浴室の一部計6.37平方メートル(1.93坪)―第二回賃貸部分―を前同様権利金二〇万円、賃料一カ月金一万円、期間三年の約定で借り受け、その際もバーとして使用できるように増改造することの承諾を得た。
4 そこで控訴人は右第二回賃貸部分およびその前面空地1.88平方メートル(0.56坪)に前記店舗部分と合わせて一つの店舗にするための工事をした。右工事も従前存した間柱、棟木、母屋、桁は残し、被控訴人居住部分との間には仕切りとしてベニヤ板を張り防音装置を施し、控訴人と被控訴人との各出入口は別々に設けられ、その費用は約金二五万四九〇〇円を要した。
三控訴人は、被控訴人が賃貸したと主張する建物部分は被控訴人から買い受けたものであり、被控訴人との間の賃貸借契約は、右建物の敷地としての土地を賃借したものである旨主張するが、<排斥証拠>採用の限りでない。
四ところで、右認定事実によると、現在の店舗となつている本件建物は、19.67平方メートル(5.96坪)でそのうち元の建物部分は12.98平方メートル(3.93坪)であつて、従前存した建物の基礎、間柱、棟木、母屋、桁等そのまま利用し、或は従前の建物を取り毀した右材料を利用した部分があるけれども被控訴人の居住部分とは仕切り壁により完全に遮断され、バーとして営業するに足る充分な店舗の設備構造がととのえられており、被控訴人は控訴人使用部分を通過することなく外部への出入りができ、控訴人が前記二回の工事に要した費用も総計約金四〇万四九〇〇円であつたことを考え合わせると、右店舗部分は構造上区分され、独立して店舗としての用途に供しうるものと判断するのが相当である。
よつて、これは区分所有権の対象となるものというべきである。
五そこで、本件建物の(区分)所有権が控訴人と被控訴人とのいずれに帰属するかについて検討をする。
1 昭和三七年度の増改築工事
控訴人が、第一回賃貸部分を増改築してバーの店舗としたのは、第一回の賃貸部分(附合の主物である不動産)に増改築部分(附合の従物である動産)を附合させた―不動産と動産の附合―ものであるから、不動産の所有者たる被控訴人は原則として増改築部分の所有権を取得したものと言うべきである。
2 昭和三八年度の増改築工事
前項の附合した建物と第二回賃貸部分の両方を増改築して現在の店舗としたということは、前項の附合した建物(附合の主物である不動産)に第二回賃貸部分(附合の従物である不動産)を増改築する(増改築部分は附合の従物である動産)ことによつて附合させた―不動産と不動産と動産の附合―ものであるから、これまた不動産の所有者である被控訴人は原則として附合した増改築部分の所有権を取得したものと言わなければならない。
3 そうすると右の区分所有権を控訴人の所有とする特段の事由のない本件においては、これを被控訴人の所有に帰属するものと解するのが相当である。
六<省略>
七被控訴人が控訴人に対して本件賃貸借契約につき解約の意思表示をしたことは争いがない。よつてこれが正当事由の存否について判断を加える。
<証拠>によれば、被控訴人の夫大沢博生は昭和三九年一月九日死亡したため、被控訴人は所在不明となつている実娘の子一人との二人暮しで、孫の給与と本件賃貸借契約からの賃料収入のほかに特に収入もなく、現在は藤沢市の土地区画整理事業による居住家屋の受り毀しにより家賃を支払つて同市の仮設住宅での生活を送り、他に財産もないため生活は窮迫状態にあること、また年令も七〇才を超えて、右土地区画整理事業の実施を機会に本件土地を更地として他に売却し、その代金をもつて余生の生活をたてなければならない状態にあること、しかるに本件建物が本件土地の西側間口を殆んどふさぐ状況で建つているため、全体としての本件土地の利用価値も少なくなりその売却が困難な実情にあること、他方、控訴人は本件建物において営業しているバー経営からの収入によつて生活を継続していることがそれぞれ認められ、他に右認定に反する証拠はない。
右事情によれば、被控訴人にとつては、本件建物を取り毀しその敷地たる本件土地を売却した代金を得ることは、現在の窮迫した状態からみればその生活を維持継続していくためには唯一の方法ともいうべきものであり、他方、控訴人にとつても、本件土地を明渡すことは生活の基盤を失うことを意味し、甚大な打撃を被ることは容易に推測できるところであるが、控訴人の年令はまだ三〇才を過ぎたばかりであり、他に生活の途を求めることもあながち不可能とはいえない事情を対比すると、被控訴人が本件建物を賃貸し賃料を得るという経済的利用の途においた被控訴人の信義則上の義務を考慮しても、なお被控訴人の賃貸借契約解約の申し入れは、借家法に定める正当事由ある場合に該当するものと言わなければならない。
八右によると爾余の点を判断する迄もなく、被控訴人の本件建物の明渡しの請求は理由がある。控訴人が被控訴人に対して従来一カ月金二万三〇〇〇円を支払つていたが、昭和四一年九月一日以降は右金員を支払つていないことは当事者間に争いなく、右争いない事実と前記認定の事情ならびに口頭弁論の全趣旨を総合すると本件土地の賃料相当損害金は一カ月金二万三〇〇〇円と認めるのが相当であり、したがつて控訴人は被控訴人に対して昭和四一年九月一日以降一カ月金二万三〇〇〇円の割合による賃料相当損害金を支払う義務がある。
九なお、被控訴人の原審における請求の趣旨は、「控訴人は被控訴人に対し第一、二回賃貸部分の明渡し、および第一、二回増築部分を収去してその敷地部分の明渡し、並びに昭和四一年九月一日以降明渡しに至るまで一カ月金二万三〇〇〇円の支払を求める」ものであつたが、被控訴人は当審においてこれを「事実第一当事者の求めた裁判」の項記載どおりの請求の趣旨に改めたものである。
そして、以上述べたところから被控訴人の主位的請求は理由があるのでこれを認容し、これと異る原判決の部分は失当であるので民事訴訟法三八六条によつて変更することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、同法八九条を各適用し、仮執行の宣言は付さないこととして主文のとおり判決する。
(石藤太郎 森真二 大見鈴次)
物件目録
(一) 藤沢市藤沢字大道東三七五番地の一二 仮換地72.52平方メートル
(二) 右地上 木造亜鉛メッキ鋼板葺平家
建店舗 一棟
建坪 約19.77平方メートル